・+ 宝石姫 +・

かつてオルバという小国に それはそれは美しい 一人の姫君がいたという

豊かに輝く金の髪 湖のような青い瞳
初雪よりもなお白い肌 紅薔薇の蕾のごとき唇

誰からも愛される麗しの姫君は いつしか 自らのあまりの美しさに溺れ
ついには悪魔と契約を交わした

『妾のこの美しい姿を 老いることなく永久に留めよ』

魔性の娘と為り果てたその日より 彼女が口にできるのは 美しく輝く宝石ばかり
もはや人には在らざりし 物憂げに鏡に見蕩れる愚かな姫よ

詩人は嘆く
哀れなる哉 輝きに魅入られし その者の名は《宝石姫》

目眩るしく時は流れ 深い森に埋もれて 今はひっそり佇む城の中
永遠に老いることのない魔物の姫は 漆黒のビロウドのソファに横たわり
溜め息を散りばめたエナメルのドレスで 今日も輝石を口へと運ぶ

細い指先が摘むのは カクテルグラスに盛りつけられて 甘く輝くエメラルド
滴るようなルビーの上で冷たく輝く水晶に クリーム色の真珠を添えて

魔女の伝説を聞きつけて 一人の騎士が門扉を開いた
広間で彼が見たものは 途方もない財宝に埋もれて 孤独に震える一人の少女
流す涙は宝石となり ソファの下に零れて落ちる
堆く積もるアクアマリン ブルートパーズ サファイア 月石

騎士の姿を認めるや 彼女はその身を起こして云った
よくぞ参られた 勇敢な騎士 この城にある財宝は 残らずお前にくれてやろう
その代わりにひとつ この愚か者の願いを聞き届けてはくれまいか
どうかその曇りなき剣で 妾の頸を刎ねておくれ
父王も母君も既に黄泉の人となり 家臣も侍女も小姓さえ 誰一人ここに生きてはおらぬ
妾ひとりが取り残されて 石を食み生きるは辛すぎるのだ

騎士は願いを聞き届け 振り下ろされた剣が過たずその頸を打つ
大理石の欠片となりて 千々に砕けるその瞬間
姫が浮かべた微笑みは どんな宝石よりも美しかった

それから騎士は 何一つ財宝を持つこともなく 一人 城を後にしたという

今でもオルバという小国のあった場所 誰も立ち入ることのできない
深い森に埋もれて 城は佇んでいるという

数多の財宝を懐に抱き 哀れな姫の墓標となって
静かに静かに ずっと眠っているという








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